
今年の初詣にしては少し遅かったが、遅くとも行かないよりもましだと思って、昨日の朝に靖国神社に参拝してきた。別に右翼というわけではなく、あそこは週末になると骨董市が行われていると聞いて、家からすぐ歩いて行けるから見に行くことにした。
朝七時にアフリカ生まれの友達とともに靖国前の大鳥居に着いた時、すでに、右翼のアンダーグラウンド世界から(あるいは以前の時代から)出現した人々で人だかりが出来ていた。外人は我々二人しかいなかったから、すぐ興味を示していた何人かに囲まれて尋問されはじめた。
「汝よ、どこから来たのだ」といきなり憲兵隊の格好をしている一人の老人に引き止められた。銃剣を携帯しているのを見たから生意気なことを言っちゃ駄目だと思いながら、
「わたくしは大米帝国から来日をいたしましてBeholdmyswarthyfaceと申します。どうぞ宜しくお願いいたします」と恭しく答えた。
「あらら。アメリカか。私のたった一つの夢は、まだ生きている内にアメリカから日本が独立することを見ることだ。あの黒ん坊は?」と友達の方へ目をやった。
「この人は、アフリカのリビアからです」と答えた。
「。。。」
「そんな顔でアメリカから来たわけはあるまい」とまた僕に向かって喋りだした。「お前は、インド人だよ。戦争の時にインドに何回も行ったりして、お前にそっくりのものをたくさん見たのだ。お前はインド人だな、間違えなく。あるいは、パキスタン人。支那でもないな。シナにも何度も行ったんだけど、満中とか南京とか。でも中国のどこに行ってもお前みたいな顔は見なかったよ。確か、シナ人ではないな。今の時代は、支那人と言っちゃうといけないと言われるんだけど、俺の世代でシナという言葉しかなかった。ほら、ロシア語でも「ヂィナ」とか何とか言って、英語でも「China」とかスペイン語でも「Cino」だと言うのに、どうして我々日本人だけがシナという言葉を使っちゃういけないか全く納得行かんし。。。」と語り続けながら、もう誰も聞かなくなったことに気付いていなかった。
でも彼の話を半分でも聞いていくにつれて、この憲兵隊との友情が少し芽生えて来た。日本の近代化は確かに激しい過程にあって、こういう風になってきた日本を哀れむ人がいるとは当然のことだと僕は思う。このような右翼団体の人々には、醜いところがいっぱいあるに違いないが、少しも彼に同情が出来ないわけではない。
一時間ほどの会話を交わしているうちに、友情が益々芽生えて、最後に解散することになったら、じゃ、一回でも一緒に参拝しようかと誘ってくれた。ま、いいかと思って「じゃ、日本の未来のために」と言って、二人で並んで神殿まで行進して、参拝させていただきました。
この写真は、その一緒に行った黒ん坊が携帯で撮ってくれた一枚です。
9 comments:
That was funny. You are really up to snuff on hearing crazy terms that people don't normally say.
靖国神社境内の遊就館というwar museumには行った?
あそこも must-seeだよん☆
http://www.yasukuni.or.jp/english/index.html
ーOnigiri
真剣に参拝する人の中には、このようなスタイルの方がいるのね。
彼のお話も面白かった。途中で権兵衛さんの創作かと思ったけれど事実なのですね。
-Jari
そんなじーちゃんが今でもいるんだなぁ電球
-Tanikkusu
そうだね、まだいるよ。いくら経ってもはああいう人はあそこにいるかも。
それで、創作じゃないよ。ま、誇張は確かに所々にあるかもしれないけど。。
そしてWarMuseumは昔行ったよ。かなり一方的な情報を宣伝していたという印象がいまだにあるけど、もう一度行った方がいいのかな。。。
ロシアからの留学生が遊就館の感想として「ソビエト時代の啓蒙の仕方と同じで全く一方的」と実にまともなことを言っていました。
かくいう私は、1度はいかなきゃと思いながらまだです。
-Kelly
横井庄一(←知ってる?)かと思ったYO!
-Merry
ま、全く一方的だとはいえるアメリカの戦争記念日館や博物館も限りなくあるから何とも言えないな。
それで、横井庄一は知っているよ。小野田寛郎も同じようなもんだったよね。
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