Sunday, January 4, 2009

「石川淳の『江戸人の発想法について』と『明月珠』」

This just in from Jarvis32:
石川淳の『明月珠』(1946)は、近代化という時勢に対する作者自身の抵抗の努力であると同時に、江戸文学への賛美として捉えられる。本論では、「モダン」とは何かを理解するために、明治以降の近代化を牽引した福沢諭吉に代表される「福沢流の近代主義」と、石川の掲げた「江戸流のモダン」とも称すべき二つのモダンに分けて論じていく。そして、石川がどのような政治的かつ美学的な抵抗を訴えたか考察する。石川が江戸文化の中に何を見出したのかを検討していくために『江戸人の発想法について』(1943)を見ていく必要があるが、その中で展開され石川の小説作品を解釈するうえでも特に重要となってくる四つのキーワード、「見立て」、「俗化」、「やつし」、「俳諧化」について詳しく検証してく。そして、本論の最後に、現在まで英語による翻訳がなされていない『江戸人の発想法について』の英訳も付記している。

第一章では、時間軸でとらえられる「近代」と、時間を超越する「精神のはたらき」で定義される「モダン」という二つのモダンについて論じる。明治の「近代化」は、文学に至るまで激変を起こした。当時欧米で流行していた文学的観念や手法が丸ごと輸入され、それ以前の日本文学の伝統では軽視されていた技法(例えば、ミメーシス(模写)、レアリズム(写実主義)、科学的な描写などの19世紀的な文学要素)が一気に定着することとなった。坪内逍遥(1859-1935)などの近代化に取り組んだ改革者は、庶民から文学を奪取し、人間の最も高尚な作業として文学の位置を向上させようとした。近代国家の設立を背景に、レアリズムが主流なイデオロギーとして定着していくにつれ、江戸文学的な要素が次第に捨てられるようになった。しかし石川淳にとって、上記のような「近代化物語」は偽説に過ぎず、むしろ実際のモダンは明治以後に周縁化された江戸の庶民文化であると考えたのである。

石川が江戸に見出したモダンとは、具体的にどのようなものか。石川によれば、江戸庶民たちの最も注目すべきところは、固定観念や思想(現代風に言えばイデオロギー)を非常に容易く「俗化させる」という「転換の操作」である。つまり、神聖で不可侵とされるものを「俗物」にするという才能に江戸人は恵まれていたと言うのである。そして、「俗化」という操作を行うには思想的な柔軟性が必要となる。政治にせよ、芸術にせよ、確固とした秩序を解体するという能力は、近代人によりもむしろ江戸の庶民にあったのだ、と石川は主張する。

石川の視点では、この「江戸流のモダン」のルーツをたどると唐時代(618-907)までさかのぼることになる。そして、唐時代に新しい文明を起こした精神は、すべての時代に一貫して流れていると言う。この精神は、江戸時代の明和(1764-1772)と安永(1772-1781)に隆盛しており、徳川政権の厳格な道徳主義に対して狂歌というかたちを取り、そして天明に至って満期に達したのである(タイラー、218-219)。天明時代には、狂歌師、洒落本作家(山東京伝)、浮世絵画家(鈴木晴信)、南画家(渡辺崋山)などのさまざまな芸術家が封建主義的な社会区別を放棄し、「やつし源氏」や「やつし小野小町」などに見られるような古典の俗化によって新しい運動を作り上げた(タイラー、187)。本論では、石川が天明狂歌や大田南畝(1749-1823)にあるどのような精神のはたらきが「モダン」であると評価していのかを考察している。

第二章では、『江戸人の発想法について』をより詳しく見ていき、「転換の操作」という技法とは具体的にどのようなものか、そして、石川がその江戸の文学の伝統を現在の作家としてどのように継承し発展させているのかを論じていく。「転換の操作」はさらに、「見立て」、「俗化」、「やつし」、「俳諧化」、という四つの文学的な技法に分けられるが、それぞれの仕組みは違うものの、どれもが伝統と現在の相互化という役割を果たす点において一貫していると言える。

まず、最初に「見立て」がある。「見立て」とは、芸術的表現の一技法としていえば、一つの対象をそれと疎遠な関係にあるものになぞらえて表すことをいう。その次に、「俗化」がある。江戸の俗化について、石川淳は「江戸人にあつては、思想を分析するよりも、それを俗化する操作のはうが速かつたからである」と説明している(『江戸人の発想法について』、303)。「俗化」は善良なもの悪化させるという意味ではなく、むしろ腐敗したものに新しい生命を吹き込むものである。まるで坂口安吾の『堕落論』などの無頼派の到来を予言したかのように、石川は、誰よりも早くこの不思議な再生力を持つ「俗化」を発見し、単純な悪化と区別をつけた。
第三に、広い意味をもつ「俗化」の中に、「やつし」という一つの技法がある。野口によれば、「やつし」とは、「本来高貴な身であるものが、さま卑しく姿を変えて下世話に立ちまじることをいう」(野口、『石川淳論』)。『江戸人の発想法について』からは、大日如来が江戸の一般下女に降格する、「やつし大日如来」とも言える「お竹説」が挙げられる。また、「やつし」という用語は、人物に限らず、物語にも適用出来る。つまり、ジョイスの『ユリシーズ』がホメロスの『オデュッセイア』の「やつし」であるように、一つの伝説や物語を換骨奪胎し現代風にすることを、「やつし」と言うのである。石川淳はお竹大日如来の例について「いはば、お竹すなはちやつし大日如来である。またお竹説話すなはちやつし仏説縁起観である」と述べているが、江戸の民間伝承に仏説の「やつし」を見出しているのである(『江戸人の発想法について』、300)。

そして第四に「俳諧化」がある。もともと、「俳諧化」はカノン化された和歌を「俳諧」(つまり非正統な歌)に変えることを意味するが、より広く言えば、詩歌にとどまらず、正統なものとして扱われる作品を風刺化する、ということも示す。石川は、天明狂歌の大発明として『万載狂歌集』を高く評価し、「一首の端ではなくて、或る狂歌集そのものが」全体として「本歌取であるやうな」革新的な使い方だとした。つまり『万載狂歌集』は「古今集の俳諧化」と言え、「天明狂歌とは古今集の精神の転換的運動である」と主張したのである(『江戸人の発想法について』、303)。そしてこれは、ハロルド・ブルームの提唱する「創造的誤読」(misprision)にも重なり、「強烈な先行詩人の作品を創造的に「誤読」することで」(チルダーズ、272)、後続の天明の大田南畝らが自分達の狂歌を創作していったと考えられるのである。

最後のキーワードは「韜晦」である。『江戸人の発想法について』の中では直接言及されないが、「韜晦」は、石川淳文学において非常に重要な技法である。「韜晦」とは「やつす」と同じように身を隠すことを表すが、「やつし」との相違としては、「韜晦」は古典人物の正体を隠すのではなく、むしろ作者自身の正体を作中に埋没させることを意味する。つまり、作者自身の「自己」を表面にさらけ出すという私小説的な概念とは反対に、江戸の狂歌は、韜晦ぶりという姿勢によって自己の隠蔽を目的としており、この手法を石川自身も小説の創作に活用していくのである。

第三章では、短編小説『明月珠』において、石川がいかに『江戸人の発想法について』で展開した江戸文学の手法を自分の創作に応用しているかを考察している。『明月珠』には俳諧的あるいは狂歌的な特徴がいくつかある。例えば、八幡神宮の初詣で日本軍の健闘よりも自分が早く自転車に乗れるようにと願う主人公「わたし」の不遜な行為や、その「わたし」と自転車の指導者である女子を「見立て」関係として描いている点などが挙げられる。そして何よりも『明月珠』の俳諧性を示しているのは、『江戸人の発想法について』で論じられた「転換の操作」を利用している点である。加藤弘一が言うように、『明月珠』は荘子(紀元前369-286)本人が執筆したとされる『荘子』からの一説である仙人譚を「俳諧化」した作品である。『明月珠』では、ようやく自転車に乗れた主人公を「もやもやが足の裏から洩れ散つていく」と表現しているが、加藤弘一は、この描写は『荘子』の中の「眞人の息は踵を以ってす」への言及であることを指摘している。裸足の主人公が自転車に乗る目標を達成したことに象徴されるように、『明月珠』は仙人譚を「俳諧化」した作品であり、「わたし」は「やつし眞人」である。

そして、『荘子』の「俳諧化」である同時に、『明月珠』は英雄物語の「俳諧化」であり、「わたし」は「やつし英雄」でもある。山手の一隅の狭小な住宅に閉じこめられた「わたし」は、僅かながらでも解放感を感じる唯一の空き地で自転車の稽古を開始する。あきらめずに自転車の稽古を続け、近代化の過程でほぼ完全に消滅した「むかしの下町」に向かって行く努力を続けるという「わたし」の行為は、強い抵抗の表現となり、自分の「地下一尺の凹んだ位置」から這い上がる方法ともなっている。「わたし」は近代化された現在や軍国主義に対抗するような積極的な行動は一切しないが、文明開化で捨てられた江戸庶民の文化に身を埋めることで周縁化された世界の「やつし英雄」へと変身しているとも考えられるのである。「むかしの下町」の「おもかげ」(石川、36-7)が残った唯一の空き地を自転車の稽古場所として指定することは、文学上の宣言のみならず政治上の宣言ともなっているのである。

5 comments:

Anonymous said...

現代の日本のルーツを感じますね。
恥ずかしながらこのような論文はひさしぶりに読んだので理解力が低下したことに気づきました。
石川氏は芸術家のアートのように巧妙に本心や考え、そして自分自身を作品に入れ込んでいく才能があったのですね。

-Nao

Anonymous said...

日本人のあたしでさえ読めない漢字が多々…日本人として悔しい(笑)まさかこの日記をアメリカ人が書いてるなんて…すごいなぁ

-Natsu

Anonymous said...

いやあ、ところどころ読んだんですが「やつし」とか「周縁化」とか分かりにくい語彙が邪魔してます。今度じっくり読ましてもらうつもりです。
でも、この論文を書いて、新発見とか興奮した点はどんなことですか。

-Bonjin

Ryan said...

どうどうも、わざわざ読んでくれて。
確かに「やつし」とか「周縁化」はあまり使わない言葉だから、説明が足りないかもね。

Anonymous said...
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