Wednesday, May 13, 2009

石川淳とモダニズム


This just in from first-time commenter Aoki Nanpachi:
My English is not so good but I like Ishikawa Jun very much so can you please translate this to Japanese for me please?

OK, Aoki Nanpachi. Here's an approximate translation. Some passages might be slightly different from the original.

提出した論文「石川淳の『江戸人の発想法について』と『明月珠』」での議論を発展させ、----では、日本のモダニズムとは何かという主題と、石川淳(1899-1987) に見られるモダニズム作家としての美学を研究していきたいと考えている。石川淳は、中国と日本の伝統と欧米のモダニズムの両方の土台の上で創作した作家であり、その意味で日本において両者が融合したモダニズムを象徴する最適の存在と言え、日本のモダニズムという主題を追求していくうえで最も重要な作家の一人だと考えている。また、私は翻訳に深く興味をもっているため、石川淳の短編小説の実際の翻訳を研究と並行して進めていきたい。

“Modanizumu”—日本におけるモダニズム(1920年代に始まり40年代まで続く)—とはいったい何か。その理解は、日本と欧米どちらにおいても不十分であったように思われる。日本のモダニズムは狭い意味で適用され、横光利一や伊藤整などのヨーロッパのモダニズム作家の手法を用いているのが顕著な作家達のみがその代表とされ、谷崎潤一郎や川端康成は単純に「伝統的な作家」というカテゴリーに組み入れられる傾向にある。しかし、『浅草紅團』(1930)で川端がモダニズムの技法を大胆に実験していることは明らかで、その後もモダニズムの技法を使用し磨き続けていることがわかる。谷崎もまた、「日本に回帰した」と考えられる以降も、小説の創作にあたって革新的な手法を模索し続けている。「伝統的」とされる谷崎や川端も実際には一貫してモダニズムの文学を書いており、また、モダニズム作家である石川淳の文学の基盤には常に中国と日本の伝統があった。「伝統」と「モダン」とは、境界線のかなりぼやけたものであり、この二つの言葉を根本から再評価する必要があると考える。近年、セイジ・リッピトのTopographies of Japanese Modernism(2002)、橋爪紳也の『モダニズムのニッポン』(2006)、ミリアム・シルババーグのErotic Grotesque Nonsense(2006)、ウィリアム・ガードナーのAdvertising Tower(2006)、ウィリアム・タイラーのModanizumu(2008)などの新しい視点から論じる研究が発表されるが、それを踏まえて、以下の五つの問題を提示し研究を進めていく。

一、モダニズムは近代化とはどのように異なるのか。同じことなのか。あるいは『江戸人の発想法について』で示唆されているように、「モダニズムの精神」は近代化や西洋化に先行するものなのか。

二、モダニズムと明治・大正の支配的な文学のイデオロギー、自然主義、レアリズム(写実主義)、ミメーシス(模写)、そして私小説との関係はどのようなものか。モダニズムはこれら正統派の文学に対する異端として見られるべきなのか。ここでは反志賀直哉運動がいかにモダニズム作家の文体に革命を起こしたかに焦点を当て、この運動が、石川淳、坂口安吾、太宰治ら戦後の新戯作派へと発展していく過程を見ていく。

三、モダニズムとは、過去の文学に相対するとどのような位置にあるのか。モダニズムは日本文学の「伝統」の拒絶としてとらえるべきなのか。あるいは過去の文学の延長線上にあるものなのか。石川淳のモダニズムの場合、江戸の俳諧や狂歌の技法に基づいて作品を書いているが、それは果たして例外的なことなのか、あるいは標準的なことなのか。

四、日本のモダニズムと欧米のモダニズムとの関係はどのようなものか。日本の作家たちは欧米の革新的な技法を自分たちの作品にどう適用したか。それは効果的だったのか。そして最も重要なことは、日本のモダニズムは欧米のモダニズムと同じ特徴をもっているだけのものとしてみなしてよいのか。西洋には見られない日本のモダニズムの要素というものはないのだろうか。

五、日本のモダニズムは政治的にはどのような立場をとるのか。社会的・政治的運動とはどのような関係があったのか。軍国主義や戦争の時代にはどう反応したのか。抵抗の手段ともなったのか。これまで「抵抗文学」はプロレタリア文学の作品に限られて理解される傾向にあり、石川のように中国や日本の「文人」(wenren)を理想とした抵抗のかたちは見過ごされてきた。「抵抗文学」の定義をより広くする必要があると考えられる。

以上の問題について以下のように仮説がたてられると考えており、----において追及していきたいと考えている。一、日本のモダニズムとは一つの運動ではなく、広範囲の作家や文学運動の集合体としてとらえられる。二、「モダン」と「伝統」を対立関係でとらえることは、その二つの概念を明確に理解することよりも却って混乱を招くだけであるので、これらの概念の定義をより精練していく。三、モダニズムという現象の多様性を理解するためには、これまでの欧米のモダニズムを中心とした定義を脱し、さらに広げていく必要がある。

次に、石川淳のモダニズム作家としての美学を追及してく。このために、二つの文学運動がいかに石川に影響を与えたかを見ていく。一つはヨーロッパのモダニズム、もう一つは、日本の「伝統」、特に江戸時代の中でも異端というべき伝統の影響であるが、これは、石川の創作にあたって常に新しい手法や考えの着想を得る源泉となっていたものである。ヨーロッパの影響については、石川がアンドレ・ジードやアナトール・フランスなどヨーロッパのモダニズム作家の作品によってメタフィクションなどの新しいナラティヴの技術を獲得していることが指摘できる。石川がジードのL’Immoraliste (1902) (『背徳者』、1924) 、Les Caves du Vatican (1899) (『法王庁の抜け穴』, 1928)を翻訳することによって新しい文体を発見していく過程を見ていく。

日本の伝統との関係については、特に太田南畝ら江戸の作家たちからの影響を見ていく。石川は、江戸の作家たちを通して、作者、テクスト、読者、世界、そして伝統といったものの新しい理解を得ており、石川の文学の「モダン」だと考えられるものは実は江戸の作家たちに由来しているとも考えられるのである。石川と江戸との関係を理解するには1943年の『江戸人の発想法について』が重要であるが、その中で石川は江戸の作家たちが「転換の操作」(見立て、やつし、俳諧化、俗化)という技術をもって文学的な伝統を自分たちの時代に応用する才能に長けていたことを論じている。石川淳がこれらの操作をどのように自分の作品に採用したかについては、安藤始と野口武彦らの先行研究を踏まえて研究を進める。石川の文学も、そしてジェイムズ・ジョイスやT.S.エリオットらヨーロッパのモダニズム作家の文学も、江戸の作家たちと同じように文学の伝統を現代に適用する試みであったのである。石川の江戸人についての議論には、後の新批評、構造主義、ポスト構造主義によって展開されるものとの共通点も認められる。例えば、石川の「本詩取り」の議論にはハロルド・ブルームの「創造的誤読」や「影響の不安」と共通している部分が大きい。また、「天明狂歌師の人格無名」や 「韜晦振り」についての記述では、ロラン・バルトが「作者の死」で主張したものとまさに重なる概念を論じている。明治以降見捨てられていた江戸文学の伝統を発見することによって、石川は新しい文学の概念を先取りしていたことも示していきたいと考えている。

10 comments:

Anonymous said...

恥を知れ.

-Ian Hogarth

Anonymous said...

Ladies and gentlemen, the comedy stylings of Ms. Ian Hogarth.


-Aoki Nanpachi

Anonymous said...
This comment has been removed by a blog administrator.
Anonymous said...

Ladies and Gentleman,

The shouts of continual equilibrium like an arch as a drop of water that frames clouds never keeps us in, swiftly getting deeper to recede under a lens that penetrates this motion, toward slides, that is, where we live.

-Josh Otistier

Anonymous said...

England or Britain is a large island country off the European continent. Its capital is called London. The people are daring and clever as well as skillful. They are also well trained in artillery. Their sovereign is at present a Queen. The lords, when they come before their sovereign put out the palms of their hands on top of the Queen's knee. The Queen grasps the hand and the lords retire smelling the hand which the Queen grasped.

-Kanagaki Robun, "Mounted Englishman"

Beholdmyswarthyface said...

Thanks for the quotation, commenter. Here'a another, this time about America:

"America: This is a republic with a president. This country has 31 states and its capital city is Washington, one of the great cities of the world. In our year period Kansei 3 (1791) this country determined that it would no longer be the possession of England and it became a new independent country. The people are by nature clever and deeply righteous; they obey laws and do not commit crimes. Moreover, there is no distinction between inferiors and superiors or between rich and poor. They choose wise persons as government officials whose term of office is limited to four years. After four years another leader will be chosen through popular debate."

Kanagaki Robun, "Kaikoku zushi" (An Illustrated History of Maritime Nations)

Anonymous said...

Dear beholdtheswarthyface.com

Where them words come from? That's well wicked! Sincere comment.


yours truly,
Arai "Miho" Miho

Anonymous said...

"Miho",

I love a blog. It clearly is stated that "Kaikoku zushi" for what it is. In a sense, An Illustrated History of Maritime Nations. You savvy?

Jackson Washington

Beholdmyswarthyface said...

I savvy. Don't be playing games with my heart.

Anonymous said...

Sometimes I feel like I would like to leave a comment but then I read the others and get confused and end up not leaving a comment.

-Laura Nesmake